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名古屋高等裁判所 昭和34年(ネ)158号 判決 1960年8月03日

控訴人(原告) 加藤清六

被控訴人(被告) 愛知県知事

原審 名古屋地方昭和二九年(行)第二一号

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が別紙目録記載の土地につき、昭和二七年三月三一日(登記簿上は昭和二二年一〇月二日)を売渡期日とし訴外加藤直一を売渡の相手方としてなした国有農地売渡処分は無効なることを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が別紙目録記載の土地につき、昭和二八年九月二日なした国有農地売渡処分は無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、提出援用の証拠、書証の認否は次に記載するほかは原判決事実摘示(ただし、原判決書二枚目表四行目の「農地法第三条第一項第五号」とあるを「農地法第三条第二項第五号」と同二枚目表八行目以下の「当時の起町農業委員であつた訴外滝藤儀太郎」とあるを「当時の起町の農地関係の嘱託にして丹羽豊一個人の秘書であつた訴外滝藤儀三郎」と訂正する)のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は

(一)  農地法第三条第二項第五号によれば一般に耕作者の耕作面積が三反歩未満の場合にはその者は新たに農地を取得することを禁止せられている、また同法第三六条第一項は自創法第一六条第一項と同様に買収農地の売渡の相手方として「自作農として農業に精進する見込のある者」に規制しているのである。しかも本件土地を管轄する起町農地委員会は昭和二二年五月一六日の委員会において耕作面積二反歩以下の耕作者には買収農地を売渡さない旨の農地売渡限度設定の決議をなしているのであるから、本件土地の旧耕作者であつた訴外加藤直一のように鉄工業を本業とし農業を副業とする者で本件土地を含めても田一反八畝一五歩を耕作するに過ぎない極端な兼業零細農家は前記のような買収農地の売渡の相手方としての適格を欠くので同人に対する本件買収農地の売渡処分は当然無効というべきものである。

被控訴代理人は昭和二七年ごろにおける前記加藤直一の耕作面積につき起町大字北今字林一の切二四〇七番の二畑一反二三歩および同番の三畑三畝五歩を含めているが右二筆の畑というのはもと旧起町々長丹羽豊一の先代丹羽由太郎の所有地であつたが、すでに、昭和二三、四年ごろ起町によつて町営住宅引揚寮が建てられてその敷地になつているところで右加藤直一の耕作面積に算入することは虚構である。

(二)  本件土地の周囲は(イ)南方は工場地帯で隣接の字与三ケ巻六四番の土地には戦前から訴外三星染色整理合名会社の寮が建つていた、(ロ)東に隣接する字東鵜飼分一五番の土地は戦後いち早く訴外櫛田毛織工場が建築されそれに引続き北の方向にも毛織工場が連続していた、(ハ)西に隣接する与三巻六六番の土地はその南の訴外丹羽産業株式会社の染色整理工場に接した田であつたが昭和二五年ごろ埋立てられて茶建興業株式会社の染色整理工場が増築され右工場がさらに北の方面に抗張されていつた、(ニ)北方はもと田が連続していたが本件土地に隣接の字与三ケ巻六八、七一、七二番の三筆の土地は昭和二五年ごろより訴外丹羽豊一によつて石炭がらで埋立てられ宅地に造成されて右訴外人の実質上経営する丹羽産業株式会社の用地として確保されていたものである。

かように本件土地は戦後の織維工業の復活伸長にともない四囲宅地にかこまれて孤立しそれに染色整理工場の排出した汚れが常時たまつて排水もできず遂には作付不能となるに至つたもので被控訴人主張の本件土地に対する売渡計画樹立当時においてはすでに本件土地は完全に耕作を放棄されていたのであるからかような客観的状況からみて本件土地がとうてい自作農創設の目的で売渡の対象となるような土地でなかつたことは明白であり加藤直一が本件土地の耕作を止めてしまつたのにかかわらずこれを同人に売渡すようなことは公権の濫用でもあり重大かつ明白な誤認をしているのであるといわざるを得ないから本件売渡処分は無効である。

(三)  農業委員会等に関する法律第二七条によれば、農業委員会々長は農業委員会議について議事録を作成しこれを縦覧に供さなければならないのにかかわらず、起町農業委員会が縦覧に供している同委員会議事録中被控訴人主張のような本件土地の売渡計画樹立に関する記載はないのであるから、被控訴人主張にかかる本件土地の売渡処分は架空のものないしは不適法のもので当然無効たるを免れない。乙第四号証の二(謄本)はその形式内容からして真実かかるものの原本が成立したとは考えられない。

(四)  被控訴人主張の本件売渡計画樹立当時においては起町農業委員会は自創法第一八条第四項所定の公告をなした事実はないのであるから、この一事を以つても本件売渡処分は売渡手続に関する強行法規違反であつて、当然無効のものである。

(五)  起町役場備付の本件土地に関する農地転用許可申請書に昭和二七年三月一日国より訴外加藤直一に対し売渡済の記載がある点は原判決において証拠なしとされたが、右の書類は被控訴人提出にかかる乙第二号証の二と同様のものであつて、それには第五項の売渡の年月日欄に「二七、三、一」と記載してあるから控訴人のこの点に関する主張は間違のないことである。

(六)  乙第三号証の一の売渡通知書謄本には売渡通知書発行年月日、謄本作成年月日の記入なく売渡の時期には架空の年月日を記入しており右はその原本が存在せず登記に不実の記載をするため作成されたためであつて本件売渡が無効なることの一つの証拠にほかならない。

(七)  被控訴代理人は控訴人の前記(三)、(四)の主張は原審で争わなかつたことを当審ではじめて申立てたのであるから時機におくれたものであると抗争するが、

控訴人は原審において法律に所定の正規の売渡手続を経て真実国より訴外加藤直一に対し本件農地が売渡されたものではない趣旨を早くより主張して争つていたのであるから当審においてその売渡手続に関する個別的、具体的無効原因を指摘攻撃しても時機におくれたものであるとはいえない

との旨述べた。

被控訴代理人は、

(一)  起町農地委員会が耕作面積二反歩以下の耕作者には買収農地を売渡さない旨を決議したことは認める、また右該当の耕作者に対し意識的に二反歩以下と知りながら売渡はしていないのであるが、右決議ならびに実際の方針は一応の基準たるに過ぎずこれに法的拘束力があるわけではないから自作農として農業に精進する見込ある者と認めて買収農地が売渡された場合にはその者の耕作反別が二反歩以下であつても売渡が無効となるものではない。

訴外加藤直一は老令ながら農業に精進していたものであつてもつぱら鉄工業を営んでいたのはその子彦一であり

右直一の耕作地は本件土地すなわち、起町大字起字与三ケ巻六七番田六畝二〇歩のほかに

一、起町大字小信中島字下郷西七番田一反三畝二一歩のうち六畝二五歩

一、起町大字小信中島字郷東七番田五畝

一、起町大字北今字林一の切二四〇七番の二畑一反二三歩

一、同所二四〇七番の三畑三畝五歩

であつて計田一反八畝一五歩畑一反三畝二八歩であり

控訴人主張のような無効原因はない。

(二)  控訴人の(二)の主張は否認する。

(三)  本件土地につき売渡計画を樹立した農業委員会の議事録が現存しないことは事実であるが右売渡計画が昭和二七年二月一五日樹立せられたことは被控訴人が原審において主張したところで、控訴人はなんら争うこともなく当審においてはじめてかような攻撃方法を提出するのは時機におくれたものとして却下せらるべきものである。

(四)  本件土地の売渡計画についての公告は適法に行われたのであるがこれも前記議事録と同様に訴訟の際取紛れて散逸したもののようで現在右公告の関係書類は発見できない状態にある。しかし抗告訴訟でない無効確認訴訟においてかような手続上の問題を原審でなんらふれることなく当審に至つて主張するのは時機におくれたものであるからその却下を求めるものである。

(五)  控訴人主張のように乙第二号証の二あるいは同号証の四には旧自創法による売渡の年月日として「二七、三、一」と記載されてあるが右日付は作成者の誤記にほかならず真実は昭和二七年三月三一日であつて、右誤記により本件売渡やその登記が虚構のものであるとするのは当を得ないのである。

(六)  乙第三号証の一の売渡通知書謄本に謄本作成年月日や売渡通知書発行の年月日の記載を欠くのは右書面が登記原因を証するためのものに止るからで必要でない事項は省略されているのであり違法でない。ただ右書面には真実の売渡期日が昭和二七年三月三一日であるのに買収期日である昭和二二年一〇月二日を以つて売渡時期と誤記したため登記簿上も所有権移転の時期を昭和二二年一〇月二日と登載されるに至つたわけである。しかし右のような登記簿の記載は現在の権利関係を証明するうえに間然するところはなく右の権利移転の時期がさかのぼつて記載されることにより第三者の権利が害されもしていないからあえて訂正の必要もない。

との旨述べた。

(証拠省略)

理由

別紙目録記載の本件土地がもと控訴人の所有であり訴外加藤直一がこれを耕作していたところ、昭和二二年一〇月二日国が自創法第三条によりこれを買収したこと、その後右訴外人が国から本件土地の売渡を受けたことになつていることは当事者間に争がない。

そこで、もし、本件売渡処分の無効が確定すれば、本件土地は昭和二七年一〇月二一日より施行の農地法第八〇条所定の事実が存する限り同条第二項にもとずき買収前の所有者たる控訴人に売り払わるべきものであるから、控訴人は右売渡処分の無効確認を求める利益を有するものといわなければならない。(本件土地は後記認定のとおり自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供し得ないことが顕著であるから右八〇条第二項の場合に該当する)

控訴人は本件売渡処分は訴外丹羽豊一が本件土地を自己の所有にするため形式上一たん耕作人としての訴外加藤直一において買受けたもののように起町農業委員会の関係者と通謀してなした架空のものであると主張し、被控訴代理人は本件土地については訴外加藤直一の買受申込に応じて起町農業委員会において昭和二七年二月一五日これが売渡計画を樹立し四月一六日より同月二五日までの一〇日間該計画に関する書類を従覧に供したが何人からも異議訴願なく昭和二七年三月三一日付愛知県知事の売渡通知書を同訴外人に交付して同人に売渡されたのであると主張するので以下順次考察することとする。まず本件売渡処分が何時なされたものかにつき考えるに、本件において売渡通知書交付の時期は被控訴人の主張や証拠からはこれを明確にすることはできないが

(一)  成立に争のない甲第一号証によれば登記簿上本件土地は昭和二八年九月二日名古屋法務局一宮支局受付第六一一四号を以つて昭和二二年一〇月二日付自創法第一六条の規定による売渡処分により訴外加藤直一のため所有権取得の登記があり昭和二八年九月三日地目を宅地と変更したうえ同支局受付第六一五四号を以つて同年八月二四日付売買を原因として訴外丹羽豊一に所有権移転登記がなされていることを認められる。

(二)  ところが、控訴人の指摘するように、被控訴代理人提出の農地法第五条による本件土地の転用許可申請関係書類(乙第一号証の二および四)には前記売渡処分の期日として昭和二七年三月一日と、さらに売渡通知書控え(乙第一号証の一)には昭和二七年三月三一日と記載されているのであつて、所有権移転の時期である売渡期日が、かように区々にわたつていることは通常あり得べきことではないから控訴人において疑念をさしはさむのも故なきことではない。

(三)  しかし、原審証人大竹政一、同滝藤儀三郎の各証言によると、昭和二八年七月上旬ごろ当時の起町々長丹羽豊一個人の秘書であつた訴外滝藤儀三郎が右豊一の命により本件土地を訴外加藤直一より買受ける交渉をなした際、本件土地は未だ右直一の名義になつていないことを知り起町役場農地係に尋ねたところ前年の三月に国有地から右直一の所有になつていると聞きその登記をなすことを依頼し、前記のように昭和二八年九月二日右直一のため所有権取得が登記されたこと、また本件土地は昭和二二年一〇月二日の買収と同時に売渡ができたわけのものではなく、売渡を保留され国有地として訴外加藤直一に貸付けてあつたもので本件土地の売渡の時期は昭和二七年三月三一日(乙第一号証の一の売渡通知書記載の日)であり、乙第三号証の一(売渡通知書謄本)や登記簿上の売渡時期、前記農地転用許可申請関係書類に記載した売渡期日はいずれも事務担当者の誤記その他事実と異なるものであつて登記簿上の訴外加藤直一の所有権取得の時期がさかのぼつて記載してあることはいかんなことであるが被控訴人としては第三者を害しないと考えられるとして訂正はしないことが認められる。されば本件土地の売渡処分は被控訴人の主張するように一応昭和二七年三月三一日を売渡期日として訴外加藤直一に対して為されたものと考えられ、売渡通知書を同訴外人に交付したとすれば、それは特段の事情のないかぎり右売渡期日以後であるというべきであるから右期日において売渡処分があつたとして判断をすすめる。

前記のように本件土地は昭和二二年一〇月二日国が控訴人より自創法第三条の規定にもとずき買収して後すくなくとも昭和二七年三月三一日まで四年有余の間国有地として訴外加藤直一の耕作または使用するところとなつていたのであつて、原審証人大竹政一(愛知県事務吏員にして原審被告指定代理人)が右のように売渡が長期間にわたり事実上保留されていた理由につき判然としたことを陳述できないことからすれば、本件土地は右証人の地位からしてたやすく知り得る場合、すなわち、自創法施行規則第七条の二の三の規定にもとずき愛知県知事が五年間売渡を保留する旨指定したものではない(右指定のあることを主張した形跡はない)のであつて右証人が他の場合として述べるように、買受資格のある第一順位のもの(自創法では売渡の相手方の順位も決定されており勝手に国が変更することはできない)すなわち本件では耕作者としての訴外加藤直一が買受を希望しない場合(耕作を続けることは希望するが買受を希望しない場合政府が押売をするようなこと、または順位を変更したり他の希望者に売却することはできないと解せられる)、または同人が「自作農として精進する見込のない者」であつて売渡の相手方としての要件を欠くから買受を希望しても売渡を受けることはできずさればとてその耕作権を奪つて他の者に売渡すことはできない場合のいずれかに該当するものといわざるを得ない。そして売渡の対価は安いから耕作者が買受を希望しないようなことは比較的少いものと通常考えられるところである。

しかるに買収後四年有余を経過した後本件土地が国より訴外加藤直一に売渡されしかも原審証人滝藤儀三郎の証言により認められるように右滝藤の催促により売渡期日たる昭和二七年三月三一日より一年半近くも経過した昭和二八年九月二日に至り右売渡の登記がなされたうえ、その原因の日付が買収と同じ昭和二二年一〇月二日と誤つて登載されるに及び、しかも右登記後直ちに地目を宅地に変更して訴外丹羽豊一に売却されたという一連の事実からすれば本件土地の売渡には疑問の余地が多いものといわなければならない。

そこで、本件土地が自創法第一六条に則り訴外加藤直一に売渡すべき実質的な理由があつたか否かにつき考えるに、

農地法第三条第二項第五号や旧農地調整法第四条第二項第三号によれば一般に耕作者の耕作面積が新たに取得する土地を含めて三反歩未満の場合にはその者は新たに農地を取得できない趣旨の移動統制があることは控訴人のいうとおりであるが自作農創設維持の見地と食糧事情とを考慮し自創法第一六条の売渡の相手方の耕作面積自体については右農地の移動統制と同様な厳格な方針は採用しなかつたものと解せられ法令上右のような三反歩の基準は規定するところとはなつていない。しかしそれだからといつて右法条に規定する「自作農として農業に精進する見込のある者」に売渡の相手方をしぼつた趣旨からしても自家用飯米の獲得を目的とする極度の零細農家をも買収農地の売渡の相手方として適当としたわけのものではなく従つて、当事者間に争のないように本件土地を管轄する当時の起町農地委員会も昭和二二年五月一六日の委員会において耕作面積二反歩以下の耕作者には買収農地を売渡さない旨の決議(甲第四号証)をなしておりかような耕作者に対し意識的に右決議に反して買収農地の売渡をすることはないことを被控訴人も認めているのである。

いま、これを本件土地の売渡の相手方たる訴外加藤直一について考察すると、

被控訴代理人の主張によれば、右売渡当時右訴外人の耕作面積は

(一)  起町大字小信中島字下郷西七番田一反三畝二一歩のうち

六畝二五歩

(二)  同町大字小信中島字郷東七番田 五畝

(三)  同町大字起字与三ケ巻六七番田六畝二〇歩(本件土地)

計田一反八畝一五歩

(四)  同町大字北今字林一の切二四〇七番の二 畑一反二三歩

(五)  右同所二四〇七番の三 畑三畝五歩

計畑一反三畝二八歩

で田畑合計三反以上であるというのであるが原審および当審の証人加藤きぬ、当審証人加藤彦一(昭和三〇年一二月一六日死亡した直一の子)の証言に徴すれば右(四)、(五)、の畑は耕作していなかつたことが認められこれを覆すに足る証拠はないから右訴外加藤直一の昭和二七年ごろにおける耕作面積は本件土地を含めて田一反八畝一五歩に過ぎなかつた(この点控訴人の主張のとおり)というべく前記農業委員会決議にかかる売渡の制限に違反しているものと考えられる。

そして公文書なるにより成立を認むべき乙第二号証の四、前記加藤彦一の証言を総合すると右加藤直一は昭和二七年当時五九才で鉄工業兼農業を営み、鉄工業はもつぱらその子彦一がなしていたとはいえ耕作も他人を依頼していた程であることが認められるから、以上の事実からすれば右直一は極度の兼業零細農家というをはばからないし、またそれ故に前記のように本件土地の売渡を保留せられていたとも考えられるのであり原審証人加藤きぬの証言中加藤直一は自らの買受資格ないことを認めて売渡を受けないでいたと聞いているとの部分も真実であるということができる(前記乙第二号証の四によると加藤直一は丹羽豊一より離作補償として一万五千円を受けたことになる)。

さらに売渡処分当時の本件土地ならびに付近の状況をみるに、原審における検証の結果、成立に争のない甲第三号証の一、二、同第五号証の一ないし三、原審および当審における証人加藤きぬ、原審証人滝藤儀三郎、当審証人加藤彦一の各証言を総合し成立を認むべき乙第二号証の四を参酌すると、

(一)  本件土地の南側は隣接の字与三ケ巻六四番の土地が昭和一九年三月三一日地目を田より宅地に変更登記せられており訴外三星染色整理合名会社の建物(以前は訴外加藤善一郎の建物)が建つていたこと、

(二)  東には幅四尺程の小川をはさんで宅地が続き隣接の小信中島字東鵜飼分一五番の土地は昭和二五年六月二四日その地目を田より宅地に変更のうえ訴外富士吉織物株式会社に移転登記されており、それ以前からも工場があつたこと、

(三)  西側に隣接する字与三ケ巻六六番の土地は昭和二六年七月一八日その地目を田より宅地に変更のうえ訴外茶建興業株式会社に移転登記されており昭和二七年以前より埋立てられて工場敷地となつていたこと、

(四)  北側は隣接の字与三ケ巻六八、七一、七二番の三筆につき排水の便が悪く収獲不能である等の理由で昭和二五年ごろ地目を田より畑に変更の申請が訴外丹羽由太郎より農地委員会に提出されており、昭和二七年当時は訴外丹羽産業株式会社の石炭がらや繊維屑等の捨て場所として埋立て中でその後右会社の建物が建築されたこと、

(五)  本件土地は右のように四囲が宅地化するにつれ孤立し排水の便が悪化しかつ付近の染色工場等の悪水がたまつて耕作は不能に近くなつていたこと、

がそれぞれ認められ右認定に反する前記証人滝藤儀三郎加藤彦一の証言部分は信用できないし他に右認定を覆する足るものはない。

そして右認定により推認されるとおり本件土地の周囲が戦後時を経過するにつれ宅地化、工場地帯化したこと、

本件土地自体が農地でないとは断言できないまでも前記認定のように耕作不能に近くなつていたことを考え合わせれば本件土地を農業の上の利用の増進の目的に役立てることは不可能であるといわなければならないし、前後認定のように訴外加藤直一が極度の兼業零細農家で同人自身その買受適格のないことを知つていたこととを総合すれば、

本件土地が買収後長期にわたり売渡を保留されながら農地法施行間近になつて(自創法には農地法第八〇条のような規定はない)右訴外人に売渡されたことは如何にも納得できないものであり、自作農として農業に精進する見込のあるものに売渡すという自創法第一六条その他関係法令の趣旨に反し、本件売渡処分は実質的、合理的理由を欠くものであるといわざるを得ない。

次に、本件売渡処分がはたして適法な手続により行われたものであるかどうかについて考察する。

本件のような売渡処分において、市町村農業委員会に対する買受の申込、同委員会による売渡計画の樹立、公告、縦覧、都道府県農業委員会による売渡計画の承認、知事による売渡通知書の交付という一連の手続を必要とし、右売渡計画の樹立、承認はいずれも各委員会の決議によつて行われることが必要なのは多言を要しないところである。

ところが本件において被控訴人が主張するところは、訴外加藤直一の買受申込に応じて昭和二七年二月一五日売渡計画を樹立し、同月一六日より同月二五日まで一〇日間該計画に関する書類を縦覧に供したが異議訴願なく、昭和二七年三月三一日付売渡通知書を以つて右訴外人に売渡されたというだけであつて、

公告、愛知県農業委員会の売渡計画の承認、売渡通知書の交付については陳述するところがないし、原審証人大竹政一もこれらの点につき判然としたことを証言できずして、もつぱら愛知県中島地方事務所に保管されてあつたという乙第一号証の一、二の売渡通知書控えの切り取られた下半分は売渡を受けた者が提出する受領証が付いていたのであるからその交付があつたものと思われる旨ならびに右書類によりそれ以前の手続が適法にあつたものと考えられる趣旨を推論しているのに過ぎず乙第四号証の一、二は本件売渡処分との関連性を示すものがないから前記手続の適法になされたことの証拠とはなり得ないのであつて、他に何等証拠のよるべきものはない。

しかも売渡計画樹立についての起町農業委員会の議事録、公告、縦覧に関する書類の現存しないことは当事者間に争がないのである。

被控訴代理人は右議事録の不存在、公告縦覧手続の欠けている点に関する控訴人の主張は控訴審においてはじめて提出されたもので時機におくれたものであり、右問題となる関係書類は控訴人が原審において争わなかつたためこれを提出しないでいるうちに紛失して現存しないのではあるが当初からなかつたのではないと抗争する。

しかし、本件記録により明白な訴訟の経過に徴すると、控訴人は当初より本件売渡処分が仮装のものであると主張して全面的に争つているのであるから、これに対応して被控訴代理人はすべからく本件売渡処分が前記のような自創法の要求する正規な手続によりなされたことを具体的に主張し、かつ行政庁側として容易に提出し得べき関係書類を以つてこれを立証すべきであつたといわなければならない、まして、行政処分の無効原因の主張としては重大明白なかしあることを具体的事実にもとずいて主張すべき趣旨の昭和三四年九月二二日の最高裁判所判決が必ずしも従前の下級審における訴訟の実務ないしは裁判所と一致していたわけのものではないから、控訴人が当審において前記の具体的事実の主張を追加したことを以つて時機におくれたものとして却下することは妥当でない。

また、原審において当初より被控訴人の指定代理人であつた愛知県事務吏員大竹政一が証人として再度にわたり尋問を受けながら前記のように本件売渡処分に関連する手続につきなんら明確な証言を為し得なかつたことからすれば、被控訴代理人らが提出し得ない本件売渡処分の関係書類は他に特段の事情ない限り当初よりなかつたものと考えざるを得ないのである。

されば本件売渡処分はその前提となる起町農業委員会の売渡計画の樹立、公告、縦覧、愛知県農業委員会の右計画の承認につき立証がなく結局これら適法な手続(効力発生要件)を欠く違法なものといわざるを得ない。

以上のように、本件売渡処分は自創法第一六条の規定にもとずくものとして為されたものであるにかかわらず、売渡を為すべき実質的合理的な理由に著しく欠け、かつ自創法第一八条ないし第二〇条に定める適法な手続を欠いているから結局重大かつ明白なかしあるもので当然無効のものといわざるを得ない、(この行政処分が外見上あつた時期は前記のように昭和二七年三月三一日といえるが登記簿上は控訴人主張のように昭和二八年九月二日受付で原因たる売渡処分を昭和二二年一〇月二日として登載されているから、控訴人の請求の趣旨に反しない範囲で売渡処分の表示を主文のとおりに訂正する)その無効確認を求める控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきものである。

よつて、これと判断を異にし控訴人の本訴請求を排斥した原判決は不当であつてこれを取り消すべく、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本収二 西川力一 渡辺門偉男)

(別紙目録省略)

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